玉電松原物語 / 坪内祐三 (著)

氏の絶筆。図書館で借りて拝読したので感想をメモ。

 

氏が、自身の幼少期を回顧して書いたエッセイ。ご自宅のあった玉電松原駅のあたりについての話が中心。何よりも記憶力がすごくて、資料で裏取りとかはされたのだろうけれど、それを別にしても、商店街の店などについての細部の描写には圧倒された。それと、氏が裕福なご家庭で育ったこともあり、買い物に関する話も多かったのも印象に残った。

 

僕は、氏よりも一回り下で、玉電をリアルタイムでは知らず、玉電廃止後に残った東急世田谷線しか知らない。そちらは祖父母が三軒茶屋にいた関係で一定の頻度で利用していた。そのせいで三茶の緑屋も、それがamsになったことも記憶している。育った地域ももう少し西側の辺り(環八の外)で、文中で出てくる範囲では、経堂から成城学園前(ケーキ屋のアルプスは知っている)あたりが、僕の日常圏内と重なる程度だった。とはいえ、世田谷育ち(世田谷っ子)としては、往時の、のんびりとした空気感のようなものは感じることができて*1、次の記載にもすごく納得した。僕が育った当時も、僕の育った辺りは、田舎だったと思う。

私のことを東京っ子を鼻にかけると思っている人がいる。

だが、私は東京っ子ではなく世田谷っ子だ 。

しかも世間の人が思っている世田谷っ子ではない。

世田谷は高級住宅地だと思われていて、実際、今の世田谷はそうかもしれないが、私が引っ越してきた当時の世田谷、特に赤堤界隈は少しも高級ではなかった。もちろん低級でもなかった。つまり、田舎だった。

 

惜しむらくは、氏の早世により、未完で終わっている。もっと続きを読みたかった。これだけの精度で細部を蓄えることができる氏であれば、まだまだ色んな話を語ることができたはずだから。とはいえ、氏の身体の中にあったこうした細部が、たとえ少しであっても、この世に残されたこと、それだけでも意義があったと思う。

*1:したがって、世田谷に縁のない方に本書がどう見えるのかは、正直なところ、見当もつかない。