営業秘密の管理と保護の在り方及びこれにおける秘密保持契約の活用

TL上でNDAについてやり取りした際にご教示いただいたこちらの論文*1の感想などを簡単にメモ。

 

 

企業で法務部門の経験のある方の手による博士論文で、日米での営業秘密/Trade Secretについての理論的な部分と実践のあり様を広範に調べられていて、日本でのあり様の問題点と改善策の提言まで論が及んでいる。論文自体は6年前のものだが、今なお参考になる部分も多いように感じた。

 

一例をあげると、先般議論になった、秘密保持契約の契約期間後の秘密保持義務の残存期間について、期間を限定すべきかという点については、日本法の下では、期間を無限定にしてしまうと、①無期限とすることが公序良俗違反と判断される可能性、➁期限の定めのない契約であるから、一定の予告期間付きの催告により解除可能、と判断される可能性、③独禁法上の「不公正な取引方法」との関係で問題を生じさせる可能性、を指摘されている。

これらの指摘については、直ちにその当否を判断できるだけのものを持ってはいないが、特に➁については、興味深い指摘と感じた。

 

そのうえで、日米での裁判例等を踏まえて、日本ではどうあるべきかについての検討もされており、結論としては、原則有期で期間を区切る(期間としては5年を標準(その余の詳細は略))としたうえで、例外的に、自動更新条項を使って秘密保持義務を残存させるべき場合として、①陳腐化の速度が予測しづらい場合、➁容易に陳腐化しない場合(非公開の個人情報がこれにあたるとしている)、または、③企業の存立を支えるような戦略的情報等、期限を設けることになじまない場合、を挙げている。

個人的には、①については、陳腐化の速度が読めなくても、遅くとも*年後までには陳腐化する、という整理は可能と考えるので、①は、期限を切る形での対応可能ではないかと考える。自動更新条項だと、何もせずに放置となってしまった結果、契約経緯について知る人もいなくなり、自動更新を止めてよいのかすらわからなくなるという事態も見たことがあるので、寧ろ先に述べた対応の方が、相対的にまだ安全ではないかと考えるところ。他方で、➁、③については、そういう対応もあり得ないとは思わないが、③のような情報を、そもそも、外部に開示するのかという点については、疑問なしはいえないように感じる。仮に例外があるとしても、個人情報以外については、極めて稀なものになるのではないか。

 

こうした興味深い検討が他にもなされている反面で、著者こちらとの立ち位置というか、見てきたものの差異に起因するのかもしれないが、違和感があった点もあったのでメモしておく*2*3

 

秘密保持契約における秘密保持義務の対象となる情報の範囲を「情報自体の特定」と「当該情報を秘密として保持すべき期間の特定」の二つの軸を掛け合わせた「面積」の概念でとらえている点については、個人的には、さらに、「開示した情報の使用目的」という三つ目の軸を掛け合わせた「体積」の概念でとらえるべきではないかと考える。

「目的外使用の禁止」を著者が無視していたわけではなく、別の概念として理解すべきと考えておられるだけなのだが、情報を開示する側としては、開示した秘密情報について、外部に漏らさない限りいかなる目的に使ってもよい、と考えることはないだろうから、分けて考える実益に乏しいのではなかろうか。むしろ、情報の開示を受けた側が情報を自由に使いうる範囲という意味で、3軸で考えた方がよいのではないかとこちらは考える次第。

 

 

最後に、この論文で僕が一番感銘を受けたのは、内容ではなく、内容以上に、この論文が博士論文であって、著者が70代後半でこの論文をまとめ上げられたという事実それ自体だった。著者と自分とを比べること自体が僭越極まりないとは思うのだが、アラフィフ程度で息切れしている場合ではないと喝を入れられた感が強い*4

*1:発表後に書籍化されているのだが、ネットにあった論文が手近だったのでそちらの方を拝読した。

*2:むしろこれをメモしたくてエントリをしたというのが大きいのだが

*3:細かいと思うところを一つだけ、脚注でメモすると、NDAで完全合意条項と誠意協議条項の並立がありえないという指摘については、完全合意条項があくまでも特定の時点までの議論が契約書に結実しているものですべてであるというにすぎず、その後の時点における事態の変化などには対応していないことから、そのような事態に対しては誠意協議条項で対応するという整理で、両者を並列させることはあり得ないとまではいえないのではないかと感じた。

*4:既に鬼籍に入られているが、著者のお人柄を示すページはこちら