知財実務のツボとコツがゼッタイにわかる本 /酒谷 誠一 (著)

先般のエントリで、読みたい本として、上げていたが、入手のうえ、一通り目を通したので感想をメモ。スタートアップ企業や知財部のない中小企業の経営者・技術者が主な想定読者層だが、これらの方々及びこれらの方々にアドバイスする側にとっては、有用な一冊だと思う。

 

本書は、大きく分けて、3部構成で、第1部では知財の基礎知識として、法律部分の基礎知識と業界ごとの知財実務の基礎知識について解説がなされている。基礎的な事柄の解説にとどまっている感はあるが、実例を挙げることで、内容をイメージしやすくしたり、章末に出てきた専門用語を解説することで、予備知識なしにも読み進められるようにしていたりしていて、読みやすさへの十分な配慮があると感じた。このあたりは、ベンチャー企業向けに知財支援などをしている著者の経験の現れというところなのだろう。地に足の着いた感じが好ましく思われた。個人的には、網羅的なものではないにしても、業界ごとの知財実務の基礎知識が読みごたえを感じた。

第2部は、事業展開の段階に応じた知財実務の注意点が解説されている。第1章と同様に読みやすさへの配慮が講じられている。企業時代に知財実務に関わったことがなかったので、なるほど、と思いながら拝読した。

第3部では、知財戦略について、簡単に解説がなされている。

 

想定読者層との関係では、読みやすい解説と手ごろな分量・値段を考えると、有用であろうと考える。解説でも、込み入った話には、基本的には立ち入らず、外部専門家に任せるべきというところの線引きが示されている点は、想定読者層にとっては、外部専門家への相談のタイミングが示されているという意味でも有用かもしれない。また、解説の内容は、外部専門家と相談する際にも、相談した結果帰ってくる助言その他を理解するうえでも有用だろう。

他方で、相談を受ける側からすれば、想定読者層のような方々に対する説明の仕方、かみ砕き方を考えるうえでは参考になるものと考える。

 

最後に、いくつか気になった点をメモしておく。長々書いたが、上に書いた、本書の利点を左右するほどのものはない。

  • 取締役社長が自社に特許を受ける権利を譲渡した代わりに対価を受け取ると利益相反取引になるから、株主総会の承認を受けることと、そのために議事録を残すことを勧めるという記載(p73)は、やや舌足らずかなという気がした。
    まず、細かい点で恐縮だが、取締役会設置会社では、総会決議ではなく、取締役会決議で足りる(会社法365条1項)し、それと、社長が会社の全株式を保有しているような場合では、社長と会社との利益は相反しないから、利益相反取引には該当せず、承認を要しない(最高裁判所昭和45年8月20日判決最高裁ウエブサイト)。したがって、承認の要否及び承認機関については、記載とは異なる場合が考えられることになるし、前記の想定読者層の会社であっても、記載と異なる場合もあり得ると考える次第。
    また、議事録の作成は、承認の存在の証拠化という観点からも重要だが、利益相反取引の承認の際には、利益相反取引を行う取締役が「重要な事実を開示し」なければならない(会社法356条1項)から、単に承認があった事実のみを議事録に残すだけでは足りず、「重要な事実の開示」*1があったうえでの承認であったことも議事録上証拠化しておく方が望ましいと考える。したがって、この点に言及するのであればそのあたりまで触れるか、これらの点の詳細については、弁護士に相談すべし、と書くなどした方がよかったのではないかと感じた。
  • NDAを締結して、情報を交換したうえで、共同開発契約を締結して、共同開発へという流れは、NDAを締結して、情報交換をする中で、この相手と組んで共同開発が可能か、というFeasibility Studyのようなことをして、ある程度の見通しがたったから、共同開発へ進むということが想定されているのだろうと思われる。裏を返せば、Feasibility Studyのようなことをした結果、見込みがなければ、共同開発の段階に進まないということがあり得るはずなのだけど、その点が読み取りづらいように感じた。ある意味著者にとっては当たり前だろうけれど、想定読者層にとっても同様とは言い切れないのではないか、それであれば、その旨の規定が必要なのではないかと感じた。
  • NDA、共同開発契約それぞれについて、盛り込むことを検討すべき事項が挙げられている中で、情報の目的外使用の禁止が、共同開発契約には含まれていて、NDAについて含まれていないのは、NDA時点から含むことを検討すべきではないかと感じた。開示した内容が、開示目的以外の内容に使用されることというのは想定可能だし、それはNDA段階でも共同開発段階でも変わらないからなのだが。

*1:本条が、ざっくりいうと、会社の財産的利益の保護のための規定と考えられることからすれば、承認の可否を検討するに足りる事実の開示は必要なはずであり、そこでは、承認して当該取引がなされても会社の財産的利益は守られるか、という観点からの検討が必要になるはずだから、問題の箇所との関係では、おそらく社長が受け取る対価及びその算定根拠などは必須となるのではないか