それがないとしても

呟いたこと+αだけどメモ*1

 

契約交渉は、当事者間に力の差があることの方が多く、それが極端になると、こちら側の交渉力がない、または、極めて弱いということもあり得る。そういう場合、契約書のネゴ代がない場合も想定される。そういう場合に、法務担当者はどう対応するべきか(外の弁護士も対応のしようはあまり変わらないと思うけど)。

 

まず本当にネゴ代がないのか、というところは一応再確認してみたほうがいいのだろう。もっとも、そういう手段がないことが多いような気がする*2。短期的にそれが改善される方法も見つからないことが多い。

 

ネゴ代を見つけるという発想もあり得るだろうが、仮にそれがなければどうするか。契約書の中を確認することにいかなる意味があるのか、疑問の余地もないではない。

 

もちろん、一つ目の発想としては、そういう状況だったら中を見ても仕方がない、というもの。時間の無駄になるのなら、中は見ないで締結してしまえ、というもの。費用対効果を考えると、あり得ない発想ではないと思う。定型化した契約類型で、危険の最大値を想定可能な場合には、そういう発想をすることもあり得るだろう*3。とはいうものの、想定外の何かが入っていたらどうしようというところも気になる。

 

そこで、次の発想としては、内容を見るけれども、都合の悪いところを変えてくれという交渉をするというよりも、内容を所与の元としたうえで、自社の標準的な業務のあり様に照らして、注意すべきことはないか、業務のやり様の方を変えることによって自社の危険を減らせる余地はないか、という観点から中をみて、当該契約に基づき事業を行う方々に注意喚起等をするということが考えられる。

 

同様の発想から、内容を見たうえで、事業部門に内容を説明して、彼らの理解を向上させて、不用意な契約条件違反の現出を防ぐということも考えられるだろう。もちろん、これに対しては、特に日本語で書かれた契約については、読めばわかるだろうから、そこまでしなくても良い、という発想もあり得る。最終的な責任を事業部門が負担するのであれば、事業部門自身、法務にまかせっきりにせず、読むべきだという議論も十分にあり得ると思う。

 

とはいうものの、事業部自身の契約書等に対する知見の度合いによっては、たとえ日本語であっても読むのも中を理解するのも難しいこともあろう。事業部自身が「わかっている」と認識していても、実は傍から見てるとそうとも言えないということもあるかもしれない。そういうことを考えると、まるっきり事業部任せにしておいて大丈夫な状況かどうかは、慎重に見極めないといけないと思う。裏を返せば、任せておけると見切れる場合を除いては、事業部の自己認識と客観との間の陥穽に陥って何かが起きるのを避ける意味では、先にネゴ代の少ない契約書についても、中をみて、一定の助言をするということにも意味があると思う次第*4

*1:一部は前に書いたことと重なるのかもしれないが

*2:あくまでもこちらのこれまでの経験の範囲で、ではあるが(以下同じ)

*3:実際そういう対応例も聞いたことがある

*4:内容を変更しようという発想で中を見るのとは物の見方やかかる労力には異なるところがあるだろうけれど…