今更ではあるけれど、ようやく目を通したので感想をメモ。経験豊富な商社の法務の方*1の手によるもので、英語で書かれた国をまたぐ取引の契約書を取り扱うのであれば、必読というべき一冊、というのが個人的な印象。
表題のとおり、前記の意味での英文契約書(以下同じ)を読むうえでの考え方を説く本で、その意味では個別具体的な情報の解説は(第2編第3章の「契約用語50選」と同第4章「ボイラープレート条項」を中心に一定程度の解説はあるものの)どちらかというと主目的ではないというべきだろう。
その意味で特徴的なのは、まず、第1編「導入編」及び第2編「実践編」第1章、第2章(ここまでで全体の1/3、100ページ程になる)ではあまり英語が出てこないこと。英語を読む前に日本語で頭に入れておくべきことを、日本語で丁寧に解説している。この辺りの、英文にかぎらず、国をまたぐ取引の契約書*2の背景事情のような事柄を理解したうえで読むのと、理解せずに読むのとでは、読みやすさが異なると思うし、その割に十分な解説がされにくいことが多いと思うので、有用であることは間違いない。
そのうえで、契約書で頻出の英語の契約用語50選の解説が続く。50選の選び方も、なるほど、という感もあるし、個々の解説もメリハリがある。そのメリハリに、著者の長年の経験値というか踏んでいる場数の多さが表れているように感じた。その次には、いわゆるボイラープレート条項の解説が同様に来る。これらが来て、最後に、代理店契約のサンプルを読む、という形。実際にあったものと思われるサンプル条文については、多少、疑問のある条項・文言も含まれており、これらについては、文言から読み解ける背景事情や、想定される修正の方向性なども解説されていて、このあたりもさすが、というところ。つまり、本書では、背景事情に始まり、契約書を構成することの多い用語・条項の解説が次に来て、最後に実例を読むという形で、段階を踏んで解説がなされている。教育的配慮に基づくものだろう*3。これらの意味で、1回目に読むときには、最初から読むのが良いような気がする。
全体を通じて、教育的配慮を感じるとともに、目の前にある取引と、それを文書に落とし込む契約書に対して、柔軟に、固定観念にとらわれずに、自社のために何が最善の利益になるのかを、粘り強く考えることの重要性が説かれていると感じた。契約書を過信せず、まず取引を理解せよというところから始まるあたりにもその一端を感じるところ。
以上のような意味で、冒頭に書いたように、英文契約書を読むうえで、読むべき本ということにはなるのだけど、他方で、この本だけで英文契約書に立ち向かえるかというと、それはどうかな?と思うのも事実。前述のとおり考え方を説くものであって、実際の読むときに踏まえるべき情報をある程度網羅的に解説することを主目的にしているものではないから、当然の帰結であり、そのこと自体は本書の欠点ではない。例えば次のような諸点については別途補充が必要なのだろう*4。
- 個々の契約の準拠法における契約法の解説はない。アメリカ法であれば、たとえば、こちらの先のエントリで言及したような本を紐解くべきなのだろう。その他の法域については、未見なので内容については何とも言えないが、先般出た某大手事務所の本とかが参考になるのだろう。
- 個々の契約用語の解説という意味では、本書でも言及のあった原先生の書籍(ビジネス法務英文用語集、に加えて、ビジネス法務基本用語和英辞典もあるべきだろう)、及び、英文契約書作成のキーポイント 、あたりを参照することになるのだろう(いずれについても、こちらも手元に置いている)。場合によっては、英米法辞典等を紐解くことがあるかもしれない(こちらも手元にある)。
- 本書で読んだサンプル文例は代理店契約だけなので、他の類型の契約書の文例も見ておきたいところだろう。そういう意味では、僕自身は使っていないが、定評のある山本教授の大辞典2冊(英文ビジネス契約書大辞典 〈増補改訂版〉、及び、英文ビジネス契約フォーム大辞典)や、あのボリュームと大きさまでは...というのであれば、以前言及した、こちらとかが候補になるのだろう。
…ここまで書いただけでも結構長いのだけど、最後に、個別に印象に残った点などもいくつか箇条書きでメモ。
- 日本以外の法域については、割に、当該法域の弁護士に確認せよという表現が多い。もちろん、間違っているはずもないのだけど、その予算がないときとかどうするんだろうとか、ちょっと考えてしまった*5。その辺は財閥系商社だと、そのあたりの心配とは無縁なのだろうか...。
- 契約の経緯や背景をwhereas clauseであっても書くと、記載内容から変化が生じたときには、契約文言通りに履行しないことについての反論の余地を生む危険があるとの指摘については、言われてみるとなるほど、というところだけど、昨今の日本の債権法改正の中での某議論*6との整合性はどう考えるべきか、というところが気になった。おそらくは、指摘のある危険との見合いで判断することになるのだろうけれど。
- UKのContracts (Rights of Third Parites) Act 1999の内容及び対応策についての解説は、こちらの不勉強もあって、ここまで丁寧になされているのを見たことがなかったので、特に印象的だった。